アダルトな音楽№084【世良公則&ツイスト 編】
世良公則&ツイストのアルバムを中心にyoutubeを使って色んな音楽を読者の皆さんに紹介していく文商です。
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世良公則&ツイスト</a>
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世良公則&ツイスト
世良 公則(せら まさのり、1955年〈昭和30年〉12月14日 - )は、日本のロックミュージシャン・ボーカリスト・俳優。広島県福山市。
広島県立福山葦陽高等学校・大阪芸術大学芸術学部放送科卒。
1977年11月のレコードデビュー、翌1978年1月のテレビ初出演(夜のヒットスタジオ、フジテレビ、1月9日)後は、出す曲出す曲大ヒット、わずか1年足らずで頂点に立ち一世を風靡した
またこの頃、歌番組のスタッフにはロックミュージシャンへの偏見が強く、演出法に対してもめることが多かった。カメラリハーサル中、急に音が遠くなり、振り返ったら自分とバンドの間に書き割り(演出用美術セット)が降りていて、イヤーモニターがある時代ではないし、バンドと切り離されるのが嫌で「書き割りは降ろさないでください」と言ったら「新人のくせに生意気だ」と言われた。
「カラオケでやれ」と強要されることも珍しくはなかったという。これらの改善にも世良らが後世に残した功績は大きい。
桑田佳祐は「ライバルに匹敵する存在って俺の場合はいないんだけど、あえて同世代で同じ職種の人間というなら、世良クンかなぁ。
テレビ局で居合わせたときに浮いてる感じが似てたしね。やっぱり世良クンというライバルがいなかったら『テレビでロックだ!』みたいな感覚にならなかったと思う。いまでもたまに会うと、なんか兄弟と久しぶりに会うときのくすぐったさを感じる」と話している。
一方の世良も2017年に「もちろん、いい意味ではライバルでもあるんですけど、戦友ですね」「いまだに年に何回かメールのやりとりをさせていただいたりする」「彼はずっとサザンオールスターズを解散しないで、来年(2018年)くらいに40周年を迎える。僕もザ・ローリング・ストーンズが好きで、ずっとバンドを続けていたかったんですけど、僕は途中で解散しちゃったので。ですから桑田氏は僕の出来なかった道を唯一歩き続けている同期なので、尊敬してます、すごく」と語り、前述した桑田の発言に対しても同意している。
1980年には桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、ダディ竹千代と期間限定ユニット「竹の屋セントラル・ヒーティング☆」を結成、ベースを担当している。そのときの名義は「世良正則」となっている。
1981年末に「ツイスト」解散。その後はソロとして音楽活動を開始。