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八神 純子</a>
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##八神 純子
八神 純子(やがみ じゅんこ、1958年1月5日 - )は、日本の女性シンガーソングライター。アメリカ合衆国在住[6][7]。ジューン・スタンレー (June Stanley) 名義での活動もある。
愛知淑徳高等学校に入学すると、フォークギターのサークルを作り、ギターを持って他校の文化祭へ行ったこともあった。ヤマハのボーカルタレントスクールにも通い始め、歌の練習に明け暮れていた。また高校在学中に曲を作り始め、1974年の16歳のときに初めて「雨の日のひとりごと」を作詞・作曲した。
プレデビュー
1974年10月13日に開催された第8回ヤマハポピュラーソングコンテスト(ポプコン)に出場し、「雨の日のひとりごと」で優秀曲賞に入賞。同大会では「幸せの時」もノミネートされ入賞曲に選ばれた。同一大会で2曲ノミネートされ同時入賞したのは、つま恋で本選会が開かれてからは、後にも先にも八神だけであった。その後「雨の日のひとりごと (Junko’s Dream)」で第5回世界歌謡祭に出場し、本選に進出した。
愛知淑徳高校在学中の音楽活動について、八神は「派手なことは許さない学校だったので、コンテストなどに出るたび職員室に呼び出され、慎みなさいと注意された」と語っている。
1974年12月10日、シングル『雨の日のひとりごと』[9]で、キャニオン・レコードのAARD-VARKレーベルよりプレ・デビュー。翌1975年2月10日には2枚目のシングル『幸せの時』もリリースされた。
アマチュア時代の貴重なサイン
1975年5月に開催された第9回ポプコンにも出場し「幸せの国へ」で優秀曲賞に入賞。また2年連続で「幸せの国へ (Hand in Hand) 」で第6回世界歌謡祭に出場した。八神はこの世界歌謡祭に出場していた外国人アーティストに誘われ、海外での音楽祭やコンテストにも挑戦する決意を固めたと語っている。高校3年生であった1976年には、第17回チリ音楽祭(チリのビニャ・デル・マールで開催される南米最大の音楽祭「ビニャ・デル・マール音楽祭」、Festival de Viña)に参加、オーケストラをバックに和服姿で「もう忘れましょう (I Shall Forget) 」を歌って6位に入賞した。
高校卒業後は音楽の道に進み、プロデビュー前の1976年からデビュー後の1980年まで、文化放送で霊友会提供の帯番組『デデと純子のミュージックトリップ』にデデこと川村尚と出演していた。
デビュー当時に制作された「小さなさくら貝」は、スローテンポでフォークソング調の曲だったが、当時は発表されなかった。ポプコン30周年を記念としてキングレコードからリリースされたベストアルバム「ポプコン・スーパー・セレクション」シリーズの1枚として、2003年3月26日に発売された『ポプコン・スーパー・セレクション 八神純子 ベスト』(規格品番:KICS-2401)に未発表曲として初収録されている。